Yの悲喜劇

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【商業BL】いとしの未来くん(吉田ゆうこ) "好き"を通してエゴを獲得した子の話

 再読して、改めてBLを描くには挑戦したプロットだなあと思った。

いとしの未来くん (CannaComics)

いとしの未来くん (CannaComics)

 

「よく言えば純粋、悪く言えば馬鹿」親友の日平からそう評され、誰にでも優しく、人を疑うことを知らない未来くん。そんな彼が、同性から告白され付き合うことに。心配する日平をよそに、未来くんは恋の甘さと辛さを知っていき……。””いとしい””ってどんな感情? 心の繊細で柔らかいところに触れる、吉田ゆうこ初の長編作。

 全4話、全部の回で主人公(受)の未来くんの相手が違う話だ。しかも決してビッチ受ではない。

生来のものなのか 環境のせいなのか

未来は人にとって簡単なことが簡単じゃない

良く言えば純粋 悪く言えば馬鹿

 冒頭、メイン攻(日平)による未来くん評。最初に読んだ時は確かにそうかもしれないと思ったけれど、再読すると合っているけれど私の感覚だとちょっと違うかな、と思った。

 私の中で物語当初の未来くんは「エゴがない子」だ。その未来くんが恋を通して「エゴ」を獲得するお話だと思う。

 以下、物語を通しての未来くんの感想です。

 

(がっつりネタバレしてます)

 1.未来くんの変遷

①附柴先輩とのお付き合い(エゴがない頃)

だって、どうして男だと駄目なのかって聞かれたら

僕には答えられないから……

 最初に付き合った相手なので、この時点での未来くんはそれほど変わらない。エゴをもたない未来くんが、附柴先輩の主張を否定できずに付き合い、エゴがないから先輩に別れを告げられても何も言えずに傷ついて終わる。

 エゴをもたない未来くんは自分なりに物事を測る定規を持たない(持っていたとしても未来くんには扱い切れないほど大きい)ので、相手から好きという感情を向けられると、そのまま同じように好きを返す。

 未来くんは鏡のような存在だ、と思う。鏡は物だから相手の感情を否定することはない。

②鮎美さんとのお付き合い(エゴの芽生え)

 2番目の恋人:鮎美さんに対しても、未来くんは鏡であることに変わらない。鮎美さんが望む言葉・反応を返し続けるので、鏡としての精度は附柴先輩と付き合っていた時より高い。

 が、未来は最後に相手に対しての鏡であることをやめて、相手の行動を否定する。この相手とは付き合っていた鮎美さんではなく、鮎美さんと無理やり別れさせた日平に対してだ。

僕がいいって言ったの!

僕が……鮎美さんを信じていいよって……

「言わされたの間違いなんじゃねーの?」

(中略)

もういいっ!

 作中で初めて未来が人に対して怒る。私は日平の行動が正しいと思うが、未来くんはこの時日平の行動を肯定しない。

 未来くんと日平では見えているものが違うから仕方ないが、そもそもこれまでの未来くんは自分なりの定規を持っていない。

 このシーンが未来くんのエゴの芽生えだと私は思う。

 ③田中さんとの恋愛(エゴの形成)

 これまでの未来くんと違い、初めて未来くんが能動的に好きをぶつけていく。

 前2人と違って、エゴが形成され始めた未来くんにとって初めて好きだと思った相手が田中太郎だ。だから前2人は「お付き合い」だと思うけど田中さんとは「恋愛」だと思う。

 未来くんは田中さんとのやり取りを通して芽生えたエゴを急成長させていく。それまでの未来くんは他人を否定したりはしなかったし、「好き」と言って相手をとどめにかかったりはしなかった。

 けれど未来くんとの田中さんとの恋愛は、突然田中さんが金を残して消えるという思いつく限り最悪な形で終わる。田中さんとしてはお詫び金のつもりだと思うが、未来くんにとっては自分の感情を値付けされた形だ。

④日平からのの慰め(エゴの肯定)

 田中さんとの失恋を経て、未来くんは自己否定に走る。日平とのあれこれは自傷行為だとは思うけど、そもそも今までは傷つける自己がなかったので、成長の現れともとれる。

 ここまで通して読んで思ったのは、未来くんは良くも悪くも一人では自分を変えることができない。誰かと触れ合って、誰かに話を聞いてもらって、誰かに言葉をもらって、初めて自分を変えることができる。……誰かの手を借りずに変われる人ってそんなにいないかもしれない。

 今までの経験を通して獲得したエゴは、終盤の日平の言葉で肯定できるんだけど、この日平の言葉がめちゃくちゃいい。作中で一番好き。

ずっと見てたからわかる アイツらに対してもちゃんと誠実な恋だったよ

やらしさと誠実さは違うから どっちかに傾いたらどっちかが駄目になるなんてことはないんだよ

だから自分の今までを間違いだなんて言わなくていいんだ

 未来くんのエゴはそれまでの3人のやり取りを持って培われたものだから、それを肯定する言葉をもらうことで未来くんは自己を認められるようになる。

 未来くんの物語の締めくくりとしても、傍観者がメイン攻めになるターニングポイントとしても凄く素敵な言葉だと思う。

 

2.未来くんを取り巻く男(攻め)について

①附柴先輩

 最初の恋人。キスまで。終わってみるとこの人が一番普通にいい人だった気がする……。

 自分の定規を持たない未来くんと違って、すでに自分なりの定規を持つ人。病院のベッドにいる未来くんに「事故に遭った時自分を呼んでくれなかったから」別れ話を切り出すのはひどいなと思うけど、ただこのまま付き合ってても附柴先輩が幸せになれる気はあんまりしないので、自分の幸福を守る術としては正しいと思う。

未来君にはたぶん、僕より大事な人がいるから

 附柴先輩は日平を指してこういうけど、この時点の未来くんはそもそも誰かを能動的に好きになるエゴを持っていないのでずれていると思った。

 ただ、附柴先輩視点で未来くんが本当に好きな人は日平だと思う気持ちはわかる。良くも悪くも附柴先輩と未来くんは見える景色が全く違ったのだ。

 (ていうかこの言葉を受けてそのあと日平以外の2人の男と付き合う未来くん、BL的にイリーガルでは……)

②鮎美さん

 未来くんに自分の理想を投影した人。

 出会った時から日平に別れを強要されるまで、一番未来くんを人間として扱っていない人だと思う。

 私がオタクなので、これはもう同じオタクとしての同族嫌悪に近いけど、血の通っている相手に自分の考える二次元的シチュエーションを押し付ける人はダメでしょ……。

 たぶん未来くんが鏡のままだったらこの人が一番理想の相手だったと思うけど、未来くんのエゴの獲得のためには真っ先に切り捨てるべき人物。

③田中さん

 良くも悪くも作中で一番大人な人。

 エゴが熟成しきっているから、未熟な未来くんの話をまっすぐ聞けて適切なアドバイスができるし、ある程度枯れているから未来くんのことを好きでもさよならの線引きができる。

 正直攻めとしてどうこうとか好きになれるかなれないかよりも、物語的に未来くんを成長させるポジションとしての印象が強い。子どもの未来くんに手を出して去っていったひどい人だけど、未来くんのことを好きだったことに偽りはないと思う。

 田中さんがメイン攻めだったら普通に大阪にさらって行ってハッピーエンドだったんじゃないかな。

④日平

 4話まで手を出さないけど、未来くんのメイン攻めであり、未来くんの成長の観測者。

 未来くんはエゴのない子だったけど、日平はエゴはあるが自分から動くことはない、読者の代弁者に近いポジションだったと思う。鮎美さんに別れを強要するところとか特に。

 未来くんは体験を通して成長するけど、日平は未来くんを観測することで成長する。最初は斜に構えた幼馴染だったのが、能動的になって傷ついた未来くんを見て、ようやく観測者から主人公に変わる。

俺、好きな奴いるんです だから付き合えません

本当にごめんなさい でも、

真剣になってくれて、言ってくれてありがとう

 同級生の女の子に告白されて断った時の言葉。日平自身も言ってるけど、未来くんのあれそれを見る前の日平だったら絶対出てこなかった言葉だと思う。

 

 

 私は好きだけれどどういう人に勧めたらいいのかよくわからない作品。

 こうやって振り返ってみると、私はこの作品の「その人の経験を否定しないところ」好きなんだなと思いました。

 Cannaはちょくちょく人を選ぶ作品を出すよね……そういうところが好きなのですが。