Yの悲喜劇

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腐女子/商業BL/読書/漫画/アニメ

【BL漫画】サヨナラに編むは、(梅松町江) 長文感想

  少し前に電子書籍幻冬舎コミックス半額キャンペーンがあった。そこで購入して当たりだった作品。

大手外資系企業に勤める柊真・ホーキンスは英日ハーフのエリート男子。しばらく彼氏ができないのは「自分が無趣味なせい」だと思い、一念発起して編み物教室に通うことになった。元々英国人の祖父の影響から多少の興味はあったものの、なぜ編み物を選んだのかというと、一番の決め手は講師・糸瀬の容姿が好みという単純な理由からだった。教室に通ううち、年上なのにかわいらしい性格の糸瀬に、どんどん惹かれていく柊真。しかし糸瀬は亡き妻との想い出にかたくなに囚われていて…。 

 表紙の雰囲気よろしく、しみじみといい作品だった。

 編み物・前パートナーの死別・祖父を通しての過去の理解……と、派手な要素は一つもないけど、滋味さが心地いい読書だった。

 

 以下、ネタバレ込みで感想をつらつら語っています。

 

 

 「サヨナラに編むは、」は攻の柊真視点で語られるので、過去のパートナー(死別)に囚われた受・ 糸瀬に一途にアタックして心を溶かしていく話に読める。

 ひっくり返って、受の糸瀬視点だと、かつて愛して死別したパートナーへの想いに囚われていたところを、柊真との出会い・旅を通して過去に自分なりに区切りをつける話だと思う。

 

 過去のパートナーの想いに区切りをつけて新たなパートナーと未来を歩む話は、破局・死別どちらのケースでも商業BLでは定期的に出会うけれど、大事なのは以下の点だと私は思っている。

①過去のパートナーとの恋を雑に扱わない事

②新たなパートナーとの恋が唐突・雑ではない事

③過去のパートナーへの想いの区切り方に納得できる事

 当たり前だろうと思われるかもしれないけれど、①~③の均衡が狂ってると話が台無しになる。

 ①ができてないと何故そんな過去の恋に囚われているのかと訝ってしまうし*1、②はそれこそできていなかったらBLとして致命的だと思う。

 ③は要はオチの付け方の話で、やっぱり終わり良ければ全て良し、というものだ。

 つまるところ、過去の恋を雑に扱ってもいけないし、かといって現在の恋を疎かにしてしまうとそれもよくないよなあというお話だ。

 

 「サヨナラに編むは、」はお手本のように①~③が丁寧にクリアされていて、良い意味で引っ掛かるところのない御本だった。

 最初は頑なだったから自分のことを何も語らない糸瀬が、柊真と触れ合っていく中でぽつぽつと死別した妻の話をするようになる。

 柊真はイケメン年下攻だけど、強引なところがなく糸瀬の頑なさに寄り添う形で、過去に囚われてた糸瀬の縄を少しずつゆるめていくところがいい。

 態度に嫌なところがなく、言動の端々に優しさと糸瀬に対する慈しみが見えるから、糸瀬がだんだんと絆されていったのが伝わる。

 糸瀬が過去のパートナーに囚われているのが話の都合とかではなく、本当に妻を愛していたんだなというのが糸瀬の語り口や片っぽだけの靴下からわかるし、だからこそ柊真のまっすぐな"好き"に触れて、未来に向かうようになるのがいい。

 糸瀬の死別した妻は過去回想で少しだけ出てくる。編み物に目覚めたけど男が編み物なんてなあとぼやく糸瀬に対する一言がすごくいい。

楽しいことに男も女もないよお!

 この一言だけですごくいい奥さんだったんだなというのが伝わる。

 過去のパートナーが女性の場合、女性が悪しざまに描かれているのが私は地雷なのだが、素敵な奥さんでよかった。素敵だからこそ、その過去に区切りをつけて新たな同性パートナーと未来を歩むところがよりよくなるので。

 

 もう一つ、とてもいいなと思ったのが柊真のお祖父さんのエピソード。

 死別した妻に囚われている糸瀬が未来を歩むための先行例として出てくるんだけど、イギリス旅行で糸瀬とお祖父さんが出会って、亡くなった祖母の編んだセーターを着るお祖父さんの一言がいい。

着やすいんでね

それにしまっておいたら 彼女を隠すみたいでもったいないんでね

 愛おしい過去を自分の裡にしまうばかりが大事にすることではないんだなと思った。

 

 柊真の故郷へ旅して、最後に戻って妻との過去に一区切りつけるためにもう片っぽの靴下を編み始めるんだけど、妻のメモに悪態をつきながら編んでいく姿がいい。本当に好きじゃなかったら亡くなった人のメモに悪態をつくこともできないと思うし、その上で希望の品を完成させるところがいい。

柊真くんが僕に これを編む気合をくれたから

ちゃんとミヤちゃんと サヨナラできた

また生きていけると 思えたよ

 片方だけの靴下を箱にしまい込んでるのを見つけたのがきっかけだから、それを捨てるのではなくもう片方の靴下を完成させて一区切りをつける。綺麗な〆方だなあと思った。

 

 

 別作家さんだけど、同じリンクスから出た作品集で「8月のロスタイム」収録の短編も、この作品と同じく過去死別したパートナーに向き合う話で、こちらもよかった。

  過去に区切りをつけるBLは、良い作品はいつ何度出会ってもいいものです。

 

*1:ただ①は別に恋愛としてまともでなければならないとは思っていなくて、過去の恋が傍から見ればクソ男(女)に騙されただけだろと思えても、当人にとって大事な過去だったらそれでいいと思ってる