Yの悲喜劇

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腐女子/商業BL/読書/漫画/アニメ

【BL漫画】こいものがたり(田倉トヲル) 長文感想

 めちゃくちゃいいBLに出会った。

同じクラスというだけで接点のなかった吉永大和がゲイだという秘密を偶然聞いてしまった長谷川唯司。やがて、大和の視線が誰に向けられているのか、その報われない恋に気づく。勉強会をきっかけに大和が“いい奴”だと知った唯司は、複雑で不器用で、それでも一生懸命な大和の幸せを願うが……!? 電子限定おまけを収録!

 全3巻完結予定で、2巻まで刊行されている。2巻終わりまでだと大和が唯司への想いを自覚するところまでで終わっていて、BL要素はあんまり強くないかもしれない。

 同級生・ゲイであることに悩む男の子が中心の青春群像劇で、LGBTのGに特化した「青のフラッグ」*1ぽいというと伝わる人には伝わるかもしれない。

 

  以下、長文感想です。相も変わらずネタバレあります。

 

 

1.青春群像劇の中のBL

 「こいものがたり」は高校生の青春群像劇の中のBLだ。BLの群像劇ではない。複数CP物ではないので、メインCPは1組しかいない*2し、群像劇だからBLに関係のないただの友人キャラや、女の子も複数出てくる。

 あくまで群像劇の中のBLの話だ。複数CPでない群像劇物は商業BLでは相当珍しいなと思ったけれど、「こいものがたり」を読んでわかった。これは相当に労力のかかるテーマだ。

 読んでいて特に凄いなあと思ったのは以下3点。

①作画コストの高さ

 綺麗な表紙で、本編の絵も綺麗だなあと思ったら元々イラストレーター出身の作家さんらしい。

 私は線の細い絵が好みなんだけれど、それ以上に「こいものがたり」は1ページごとの作画コストが高い。

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「こいものがたり」P.63

 真ん中のコマ、男の子5人が全身かほぼそれに近い形で収まっている。しかも全員とるポーズが違う。躍動感がある。

 いわゆる決めコマ・決めシーンなら力を入れて全身カットを映すのは分かる。けれど上のシーンは本当にただの日常の一コマだ。別に特別なシーンでも何でもない。

 全編通して上のシーンレベルの作画が続く。線の細い絵柄だけれど、全身カットがばんばん出てくるのでスカスカさは全くない。

 自分が絵を全く描けないのでこの1コマ描くのにどれだけかかるのかイメージはつかめないけれど、この作画への労力は凄いと思った。

②物語上の役割での書き分け

 「こいものがたり」は群像劇なので、登場人物がいっぱい出てくる。

 複数キャラクターが出る時は、キャラの個性を特化させてわかりやすくするのが一般的だと思うけれど、「こいものがたり」はあくまで普通の日常に生きる男の子(女の子)の中の話なので、性格の違いはあれど登場人物みんな「どこにでもいる普通の子」のラインを超えない。

 

 派手な作風ではない……と1話見て思ったので、CPでもない脇キャラが複数出てきてキャラを覚えられるかな、と思ったけれど杞憂だった。

 物語上の役割とスタンスがバラバラなので、読んでいて全く混乱しない。

 恋愛には絡まない男の子の友達ポジションが吉永・関・秋山と3人いるけれど、3人ともスタンスが違う。

 女の子が大好きで、大和の性的指向がどうだろうと大和の味方でいると示した吉永。

 大和がゲイだと知ったら今までと変わるかもしれないけれど、もしそうだとしても見方が変わった上で友達だと言った関。

 大和がゲイだと知った上で、ただの友達として接してくれる秋山。

 「いい奴」の描き方が複数あるから、2巻途中で大和が窮地に立たされても、「友達環境に恵まれている」から救われる・成長できる展開に説得力がある

 

 悪役の描き方も、単純に人の悩みを介さない・自分が満足できればいい佐倉の従兄と、イケメンへのコンプレックスから他人をまきこんで相手をからかって楽しみたい土井ではまるで異なる。

 青春群像劇だから、登場人物みんな考え方もスタンスも違う。当たり前のことだけれど、どこにでもある日常を描いた作品だとキャラクターの個性特化に頼らない書き分けは結構難しいと思うので、凄い事をやっているなと思った。

③登場人物の倫理に誠実であること

 出てくる登場人物がそれぞれ自分の確固たる倫理に基づいて行動をしていて、その倫理に対して真摯であるのも「こいものがたり」のいいところだと思う。物語の都合で登場人物の行動倫理が勝手にねじ曲がらない。

 

 特に凄いな、と思ったのは悪役:土井の決着の付け方だ。

 土井の行動倫理は「イケメン大和の隠れた一面を知ってからかいたい」「周囲を巻き込んで面白がりたい」だ。

 これの厄介なところは、土井のスタンスが「面白がりたい」であって、善悪はどうでもいいところにある。

 ゲイである自分を受け入れきれず、「正しい」か「正しくない」かで悩んでいた大和にとって、土井は価値観が全く相違した相手だ。

 だから大和や大和側の人間が「正しくない」と言って土井を批判しても、土井の行動基準は「面白い・面白くない」であって正しさはどうでもいい価値観である以上、大和側の言葉は土井には届かない。

 

 BLの悪役は大体恋愛に絡んだ悪役なので、恋愛の論理で決着をつける事ができるけれど、土井は恋愛に全く絡まない悪役なので、大和側の人間が何を言っても平行線だ。

 決着をつけたのは大和側でも土井側でもなく、まったくの第三者だった。

もうやめとけば?

俺はべつに吉永の仲良しのお友達でもなんでもねーから どうでもいいっちゃどうでもいいけど

これ以上無理じゃね?

いじられる奴って極論いじりやすいからいじられるんだろ 吉永は無理だろ

どっちもいい加減にしてくんねーかな

見ろよこの空気 関係ない俺らが一番迷惑してんだよ

 土井の行動倫理は「他人を巻き込んで面白がりたい」だ。面白いか・面白くないかが行動基準の人間にとって、当事者が「それは正しくない」という言葉はどうでもよくても、観客が「面白くない」と否定したらそこで終わる。

 行動倫理が主人公側と全く異なる悪役をどうにかするには、悪役の倫理に則った上で行動を否定しなければいけない。

 基本的に当事者かそれに近しい人間の中で問題が解決されるBLの世界において、全くの第三者による解決はそれ自体が予想外だし、唐突な第三者登場、と思わせないための青春群像劇だった。

 意外だけれど、これ以上ない落としどころだと思った。

 

2.好きなキャラの話がしたい

 

①奈津実ちゃんの話がしたい

 「こいものがたり」を2巻まで読んで、一番好きなのは女の子の奈津実ちゃんだ。

 奈津実ちゃんは大和がゲイであることを知っていて、その上で大和の存在を肯定してくれる女の子だ。大和が気を許せる女友達ポジションで、さらに大和がゲイであることがバレないように自分と付き合っている、という嘘まで言う。

 

 商業BLでは主人公を理解して肯定してくれる都合のいい女友達がちょくちょく出てくるけど、奈津実ちゃんのいいところは悩める大和の支え方が尋常じゃないところだ。

 大和は学校でも騒がれる程度のイケメンだけれど、奈津実ちゃんはそうでもない。ルックスがつりあわないカップルに対しての女子の目線は辛辣だ。

 奈津実ちゃんも同性から陰湿な嫌がらせを受けている上で、大和を支えることをやめない。

私は大和が好きだからやめない

 自分のルックスをなじってあてこする同性に対して、きっぱり断言できる子はなかなかいない。友達のために悩んで一緒に泣けて支える子は本当に良い子だと思う。

 

 奈津実ちゃんが都合のいい女友達だなと読んでいてあまり思わないのは、奈津実ちゃんが大和を支えることで傷つくこともあること、その上で奈津実ちゃんを助けてくれる同性の子も存在することだ。

 役割だけ見ると都合がいい存在でも、彼女の背景・周囲が書き込まれていれば都合よくは見えなくなる。

②関くんの話をしたい

 一番好きなのは奈津実ちゃんだけど、一番格好いいなと思うのは関くんだ。

 関くんはイケメンでサッカー部のエースというスクールカースト最上位のポジションだけれど、格好いいなと思うのは彼の称号よりもそのスタンスだ。

 

 関くんは一貫して「大和がゲイだと知らないが友人であることは揺るがない」男友達キャラだ。大和の悩みの内容は知らないが、知らなくても大和の事を慮ることはできる象徴だと思う。

 めちゃくちゃ格好いいと思ったのは、土井に「大和がゲイだったら?」と揺さぶられた時の返答だ。

……それは 難しいかもしんない

でも 今までどおりじゃなくなっていいだろ

そんなの変わんのはしょうがねーじゃん 変わるなってほうがムシがよすぎるだろ

そんでも俺は 変わったうえで友だちでいるから なんだろうと関係ねーんだよ

 「ゲイでも今まで通り変わらない」と口で言うことはできるけれど、「見る目が変わったうえで友達でいる」と言い切れる人はなかなかいないと思う。

 大和のことが「人として好き」だから、大和の性的指向がどうあっても友達でいるスタンスを崩さないでいられる。相手を一人の人として見ることができる、めちゃめちゃいい奴だ。

 

 奈津実ちゃんといい関くんといい、「人として大和が好き」だっていう人が大和のそばにいてくれるから、大和が折れずに成長できたんだな、と感じた。

 

 

 だいたい3年に1巻ペースで刊行されているようなので、たぶん完結編の3巻は2021年夏だろうか。私が好きなシリーズは大体刊行ペースが遅い*3ので、待つことには慣れている。

 恋愛として大和と唯司がどうくっつくのか、2巻まで読んでも全く予想がつかないからすごく楽しみだ。

*1:KAITO著。全8巻。ジャンプ+コミックス

*2:その1組は大和と唯司なので2巻終了時点では付き合ってもいない

*3:IN THESE WORDS……(完結したけど)ももいろ倶楽部にようこそ……