Yの悲喜劇

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腐女子/商業BL/読書/漫画/アニメ

【BL雑談】商業BLの「当て馬」について考える

 あんまり人に言っても共感されない性癖の一つをばらすと、当て馬萌え属性がある。

 C→A×Bの当て馬Cもいいし、A×B←Dの当て馬Dもいい。もちろんA×Bの2人でじっくり紡がれる恋愛もいいけれど、A×Bに横恋慕するCがいると物語の幅が広がっていい。

 

 ただ、当て馬ならなんでもおいしく食べられるわけじゃなく、この当て馬はダメだとか、ちょっと可哀想すぎて萌えられないことも多々あることに最近気が付いた(それまでは当て馬なら性格がクソな野郎以外は大体いけると思っていた)

 

 せっかくブログを始めたので、自分の萌えを掘り下げる記事を書いてみる。こういうことがやりたかったのもブログを始めた動機の一つなので。

 

(長文で語ってます。9.5割は私の決めつけ・妄想です。

今回は好きな話だけじゃなくダメだった本についてとかブラックなこと・毒も吐いてるので、苦手な人はここでブラウザバックをお願いします)

 

 

 

 

1.商業BLにおける当て馬とは

(1)そもそもなんで当て馬が出てくるの?

 最初からぶっちゃける。

 商業BLでなぜ当て馬が出るかというと、その8割は舞台装置である。

 1,2巻程度で完結する作品に出てくる当て馬は、大体関係が膠着している2人組*1を進展させるために出てくる。2人だけでは進まない関係を進めるにはどうしても外的刺激が必要なのだ。2人だけで進む話もいっぱいあるけれど。

 長期シリーズで出てくる当て馬はほぼマンネリ防止だ。これはBLに限らず少女漫画もそうだけど、結ばれたカップルの話はくっつく前と比べるとどうしても落ち着きが出てしまい、盛り上がりにくい。話を盛り上げるために出てくる鉄板の薬が当て馬だ。

 最初から毒づいてしまったけれど、私は商業BLの当て馬は舞台装置であっていいと思う。

 商業BLで見たいのはメインカップルが結ばれる様子であって、当て馬がメインカップルを食い尽くす話ではない……と思う。

 私は当て馬属性があるので、メインカップルが結ばれる中一人寂しく泣く当て馬は大好物だけれど、それが物語のメインになることに諸手を挙げて賛成はできない。

(2)商業BLの全ての当て馬は舞台装置であっていいのか?

 上で「商業BLの当て馬は舞台装置であっていい」と言った。8割の当て馬は物語の舞台装置なので、役割を全うしていればそれで充分作品に貢献していると思う。

 ただ、全ての当て馬が舞台装置であっていいとは思わない。

 商業BLの中でも、三角関係を標榜する作品の当て馬は舞台装置であってはいけない。

 三角関係は主たる3人が3人とも同等の人格を有していないと成立しない。頂点のうち1つが他2つと比べてカキワリなのがわかるとその時点で冷める。

 最終的に振られる1人であっても、誰と誰がくっつくのか序盤でわかる作品であっても、三角関係を成す点の一つである以上、他の2人と同じ人間として扱ってほしく思う。

(3)男の当て馬と女の当て馬、どっちがいい?

 これは商業BLに限っては断然男の当て馬。

 なんでかというと、商業BLである以上男キャラではなく女性キャラとくっつくことはほぼあり得ないので、女の当て馬キャラは出た瞬間に「私は舞台装置です」と看板をぶら下げているようなものであり、ちょっと冷めてしまう。

 当て馬がメインカップルを引き裂いてくっつくことはないというのは男女どっちの当て馬でもわかっているんだけど、男の当て馬なら「くっつかないのはわかっているけど……でも……」というちょっとしたドキドキが楽しめる。

 別に商業BLに女性キャラが出てほしくない、というわけではなく、当て馬として出られるとなんだかなあという気持ちになるだけだ。もちろん、女性当て馬キャラが出てくる良作もいっぱいあります。

 

2.私が萌える(萎える)当て馬の基準

 萌えた当て馬キャラから割り出すよりも、萌えられなかった当て馬キャラから「なぜ萌えられなかったのか」を考えた方が自分の場合は正解が近い。なので萌えられなかった当て馬とその要因を振り返ってみる。

(1)性格がクソ

 性格に難あり程度であればまだ萌えられるけれども、これはクソ野郎だな……と思ってしまうと萌えられない。

 パっと思い出したのはJOY(絵津鼓)の当て馬。

JOY (ハニーミルクコミックス)

JOY (ハニーミルクコミックス)

 

  攻めのセフレ(本命は別)なんだけど受けへの八つ当たり、攻めへの決めつけ、どれをとっても「お前にそこまで言う権利があるのか???」というレベルのクソ言動のクソ男。

 もはや当て馬に限った話ではないけれど、言動が何様?と思うとその時点で萎える。単純に自分が気に食わないだけでちょっかいを出す男のクソなところを凝縮したようなクソ男だった。なお同作には女の当て馬キャラもおりこちらも決していい性格ではない。まあこのクソ男の前には全てかすむんだけど……。

(2)そもそもの属性が自分の萌えの範囲外

 それを言ったらおしまいよ、と言われそうな話だが、当て馬属性ならなんでも食べられるわけではなく、当て馬以前の属性が合わないとどうしようもない。

 私にとって「同級生」中村明日美子)のハラセンがまさにそれだ。

同級生 (EDGE COMIX)

同級生 (EDGE COMIX)

 

  先生としてのハラセンは決して嫌いではない。性欲よりも先生としての本文を優先している。まっとうな大人だと思う。

 ただ生徒に恋する先生攻めが自分の萌えるラインから外れていた。さらに生徒と同じ土俵で横恋慕している大人の先生は自分の萌えの倫理ラインから外れていてダメだった。*2

 「同級生」自体は学生時代特有の雰囲気を切り取った名作だと思うので、別に当て馬が萌えないことがこの作品のマイナスポイントには決してならないけれど。

(3)許容範囲を超えて可哀想

 当て馬萌えはNTR萌えに近く、「こんなに相手のことを思っているのに結ばれないなんて……」という可哀想萌えに近い。当て馬の時点で可哀想なのは理解している。

 ただ、許容範囲を超えて可哀想だと萌えどころじゃない。なんでそんな相手が好きなの……と思ってしまい理不尽さに打ちのめされる。

 過去に読んだ商業BLでこれは流石に可哀想だわ……と思ったのは「夜ごとの花」(高岡ミズミ)の当て馬なんだけど、つい最近読んだ「ファイブコーナーズコーヒー」(児島かつら)の当て馬がそれを上回る可哀想ぶりだった。

  当て馬は受けのセフレの大学生。

 3年間セフレやって、最終的に受けと攻めの間に入れないと悟り自分から身を引く。セフレでもいいからと受けに必死に迫り、最後にはつらくても受けの恋人にはなれないから……と身を引く。振られるのが分かっているから最後まで告白はしない。ただ吹っ切れてないから連絡先を消すボタンは押せない。あまりにも可哀想で切なくて、そこが萌える。

 ここまでは萌えるのだ。問題はその後の受けだ。当て馬は割り切れない気持ちを押し殺して身を引いたのに、その後受けが当て馬のことを思い出すシーンは一切ない。受けの頭の中は攻めのことでいっぱいだ。

 セフレなんてその程度の存在かもしれない。当て馬も自分で言っている。しかし受けは3年間も身体の関係を続けてきた年下相手にあまりにも無慈悲じゃないのか……? 32歳→35歳の3年間は光のように速いかもしれないが、18歳→21歳の3年間は重みがまるで違う。大事な青春を棒に振ったようなもんじゃないですか……。

 上で当て馬は舞台装置だと私は書いた。その通りで、舞台装置が役目を終えたら後腐れなく退場していくのは私もわかっている。けれど、舞台装置と言っても一人の人格を持っている以上、一つの人格の退場に受け(攻め)が無頓着なのはどうしても納得がいかないのだ。

 当て馬が100%被害者とは言えないが、当て馬が受け・攻めに対して100%加害者になることもあまりない。*3

 だからこそ、一つの人格が傷つき舞台から降りることについて、受け・攻めが無関心なのが許せない。責めているわけじゃないが、その当て馬のことが嫌いではないのなら、少しでも、本当に少しでも何か感じ取ってほしいのだ……。

(4)自分の報われない恋情に自分で心の整理をつける

 要は当て馬が「結ばれなかったけど好きになってよかった!」と作中で心の整理をつけてしまうことだ。上手い言い方が思い浮かばなかった。

 心の整理をつける事自体はいい事だと思う。商業BLは萌え漫画でエンタメだから、報われない当て馬がそのまま置き去りにされるよりも、当て馬が自分の気持ちに整理をつけた方が後味が悪くない。頭ではわかっている。

 しかし結ばれない恋情を寄せる当て馬の姿に萌えていた私の心は整理できない。私の心がぐちゃぐちゃなのに当て馬が一人整理されても私の気持ちが追っつかないのだ。100%私のわがままだ。エンタメとしては当て馬が気持ちの整理をつけるのが正しいと!わかっていても!自分の心がダメな時があるのだ。

 非BLになるが(そして当て馬でもないが)、「五等分の花嫁」の三玖がまさにそれだった。

  私は三玖推しだった。静かだが一途で健気なところがめちゃくちゃ可愛かった。修学旅行回で三玖がフィーチャーされた時はサインライトぶんぶん振る勢いで応援していた。最終的に三玖は花嫁にはなれなかった。そして三玖は自分の気持ちに整理をつけた。

 五等分の花嫁は5人のヒロインから最終的に選ばれるのは一人だけ、という前提があるから面白い作品だったし、自分の推しが選ばれない覚悟はできていた。1人が選ばれた後、選ばれなかった4ヒロインのフォローがない方がおかしいというのもわかっている。けれど、私の心の整理できてないのだ……。

 商業BLだと「くちびるの行方」(大和名瀬)の当て馬がそれだ。

  三角関係物で、どちらとくっつくか最後まで分からなかったので、当て馬というよりも「選ばれなかった方の攻め」かもしれない。

 当て馬は受けに一途で、けれども受けがメイン攻めのことが好きなことにも気付いている。受けに幸せになってほしいと願いながら、受けの気持ちが揺れているのを見て、あくまでフェアに迫る。一途さと執着のバランスが凄くいい当て馬だった。

 最終的に受けとメイン攻めがくっつくのが受けにとって一番幸せだと思い、2人がくっつく後押しをしてくれるところまで当て馬として最高である。退場の仕方も格好よく、単なる舞台装置に終わらない魅力がある。

 本編の当て馬は完璧である。私にとっての問題は同時収録されているその後の話だ。当て馬は受けとメイン攻めがくっついた姿を眺めながら「この2人にちょっかいを出し続けていきたい」と自分の気持ちに一応の整理をつける。

 ……えっそんなあっさり整理つけちゃうの……??

 当て馬は大人だから、報われない恋情に気持ちの整理をつけるのが早いのもわかる。引きずっててもどうしようもないのもわかる。けれど私は当て馬ほど大人じゃないのでそう簡単に割り切れない。貴方の一途さに悶えていた私の気持ちはどうなってしまうんだ……?

 「くちびるの行方」は当て馬が受けを抱くシーンがあり、事後の当て馬の台詞が最高にいい。

無かった事にするつもりですか?

綺麗事はやめてください

俺にとっては十年をかけた一晩です

  商業BLの当て馬史上トップクラスに萌える台詞だ。それだけに1巻完結のラストで心の整理をつけられると私の気持ちの置き場がない。

 勘違いされそうなのであわせて書くと、私は当て馬がスピンオフで他の相手とくっつく展開はウェルカムだ。複数CPには抵抗がない。

 要は私の気持ちの整理の時間が欲しい、という話なのだ。スピンオフならば巻が別になることが多く、気持ちを落ち着けられる。1巻の間で気持ちの整理を着けられてしまうと私のスピードが追っつかない、というだけの話だ。

(5)どういう当て馬が萌えるのか

 今までの「これはダメ」という要素をまとめ上げて、どういう当て馬が私にとっての萌えなのか整理してみる。

<私が萌える商業BLの当て馬の基準>

  • 性格が私の許容範囲を超えるクソではない
  • 自分の倫理的なNG属性を持ち合わせていない
  • 当て馬の言動が受け(攻め)に何かしらの影響を与えている
  • 当て馬・受け・攻め全員が「完全な被害者」でもなく「加害者」の一面を持ち合わせ、それを自覚している
  • 1巻の間に当て馬が自分の気持ちを割り切ることができない

 並べるとまあいるんじゃないの? と言われそうだけど、上2つはともかく下3~5まで満たす当て馬は意外といない。私の捜索範囲が狭いだけかもしれないけれど。

 

 3.当て馬が萌える商業BL漫画

 ここまでつらつら並べ立てたので、では自分の中で萌える当て馬が出てくる作品はなんだったか、を思い出してみる。あくまで私が思い出せた作品に限るので、取りこぼしは多々あると思います。

(1)短編・短編集

①「さすらい」(山田ユギ)-「夢が叶う12月」収録

  山田ユギの短編集はどの作品も情報の取捨選択が上手くて、すっきりして萌えられるのがいい。本筋に関係ないところはカキワリとして割り切る姿勢がいいなと思って、いつ読んでも面白い。

 「さすらい」は身体の関係はあるけれど膠着したメインCPに、当て馬の可愛い子が現れる。この当て馬の扱いが、メインCPを進展させるための舞台装置だとは思いつつ、ただそうとは思わせない適度にセンチメンタルな扱い方が凄くいい。当て馬の子が最後までいい子なのが切なくていいですね……。

 個人的には山田ユギ作品の当て馬キャラで一番いいと思う。*4

②モブおじさんはボーイズラブの主役にはなれない(アンソロジー

  発売当初、すごいコンセプトのアンソロジーが出てきたものだと思った。BABYコミックスはこういうところフットワークが軽いなあと思う。

 タイトル通り、どの話も最終的にはメインCPがくっつくところ、円満なところが見せつけられ、モブおじさんは最後まで蚊帳の外だ。モブおじさんが受け(攻め)を好きでも、その想いが報われることはない。

 後味が悪い作品がほとんどだけれど、私的には(中にはメインCPの性格が悪すぎてちょっと……というものもあるけど)どんなに横恋慕しても実らないモブおじさんの姿にめちゃめちゃ萌えられるアンソロジーだった。

(2)1・2巻完結もの

オルタナ(古街キッカ)
オルタナ (HertZ&CRAFT)

オルタナ (HertZ&CRAFT)

 

  攻め←受け←当て馬の三角関係物で、受けは当て馬を騙し、当て馬は騙されていることに気付いた上で受けを手に入れようと攻めをけん制する。受けが当て馬にしたことを思うとめちゃくちゃに可哀想だが、当て馬も途中で罪を犯している。

 全員加害者の三角関係だから、可哀想な話だよねと捨て置けない魅力がある。

 当て馬は"好きだから"受けを手に入れたいと思うし、最終的に"好きだから"受けのことを許して幸せを願う。今まで読んできた商業BLの当て馬で一番萌えた。

 「オルタナ」はシンプルに凄い作品だと思うので、またどこかで長文感想記事を書きたいな。

②窮鼠はチーズの夢を見る(水城せとな

  こちらは女性当て馬もの。といっても「窮鼠はチーズの夢を見る」の夏生はそこまで好みではなく*5好きなのは「俎上の鯉は二度跳ねる」のたまきだ。

 たまきは可愛く家庭的で、同性の自分から見ても魅力的で結婚したくなる女性だと思う。ノンケである恭一がとても魅力的な女性を振り切って今ヶ瀬とともに過ごす日々を選ぶことに「窮鼠はチーズの夢を見る」の作品の真髄があると思う。

 長いのでここでは書かないけれど、たまきが振られる流れが恐ろしく好きだ。左側でもいい、と雪の話。傍から見ると完璧な女性であるたまきも人間らしい執着や恨みがあるんだなと分かるのがいい。

(3)3巻以上の長期シリーズもの

純情ロマンチカ中村春菊
純情ロマンチカ (あすかコミックスCL-DX)

純情ロマンチカ (あすかコミックスCL-DX)

  • 作者:中村 春菊
  • 発売日: 2003/05/01
  • メディア: コミック
 

  商業BLきっての超長期シリーズなので、複数当て馬がいるが、私がいいなと思ったのは角先輩だ。

 美咲にちょっかいを出して……と見せかけて本命はウサギさんだったパターン。長期シリーズらしくマンネリ化防止の当て馬なんだけれど、角先輩が好きなのは実は……? と思わせぶりな描写は判明前からちらちらあり、一発ネタを長く仕込んでいた周到さが好きだ。

 「純情ロマンチカ」に限らず、中村春菊作品は攻めのことを抱きたい(もしくは抱いたことがある)当て馬攻めがどっかで出てくるんだけれど、これが作者の性癖なのだろうか。「海ニ眠ル花」とか……。

②MADK(硯遼)
MADK 1 (cannaコミックス)

MADK 1 (cannaコミックス)

 

  次の3巻で完結するので長期シリーズに入れていいか悩んだけど、商業BLで3巻以上続いたら長期シリーズに入れていいと判断した。

 私が好きなのはD=堕天娼だ。Jに可愛がられたい一心で生き延びて娼館のオーナーになり、けれど相手の望むままに一途だった器の小ささから最終的には転落し娼婦に身をやつす。

 「MADK」は悪魔の世界で独自の規律があるから、一途で人間並みに善良だったDが食い物にされて終わるのは目に見えていたけれど、その愚鈍さがDのいいところだと思う。

 「MADK」は面白いファンタジーなので、完結の3巻が楽しみだ。

 

  萌える当て馬はいつでも探しているので、またいい当て馬に出会ったら感想を書きたい。 

*1:幼馴染や学生時代からの付き合い、長年の同僚のケースが多い

*2:しかし先生に恋する生徒攻めは自分の中ではアリアリなので、もうこれは自分の好みとしか言えない

*3:100%の加害者が存在する場合、その人物は当て馬というよりモブおじさんや801チンピラに分類されると思う

*4:私は「最後のドアを閉めろ!」の当て馬は100%舞台装置ですねとしか思えなくて萎えてしまった人間なので……

*5:作品のテーマと立場上ああいう態度を取らざるを得ないのは分かるので、決して嫌いではない