Yの悲喜劇

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【小説】人間に向いてない(黒澤いづみ) 感想

 メフィスト賞受賞作。……メフィスト賞……!?

人間に向いてない (講談社文庫)

人間に向いてない (講談社文庫)

 

ある日突然発症し、一夜のうちに人間を異形の姿へと変貌させる病「異形性変異症候群」。政府はこの病に罹患した者を法的に死亡したものとして扱い、人権の一切を適用外とすることを決めた。不可解な病が蔓延する日本で、異形の「虫」に変わり果てた引きこもりの息子を持つ一人の母親がいた。あなたの子どもが虫になったら。それでも子どもを愛せますか?

 カミュの「変身」(未読だけれど)と同じく突然変異の話だけれど、不条理文学ではなく家族の在り方を問う社会派のお話。

 人が突然異形に変わるというファンタジー要素を通してまっとうに社会問題を語っているので、私の知っているメフィストとは……みたいな気持ちになりつつも、面白かったです。

 いやでもメフィスト賞は好きだけど50代主婦が主人公のお話がこの賞から出てくるとは……。

 

 以下、長文感想です。相変わらずネタバレありありです。

 

 

 テーマは「因果応報」ということなので「因果応報」に沿った感想。

 

 1.母にとっての因果応報

 良き母・良き妻として息子に接してきた・息子は現在引きこもり、と並べて大体予想できる範囲は超えない。超えないだけに、こういう「一見良き家族のお手本のような家庭」の抱える問題はありふれているからこそ厄介なんだなと思う。

 異形性変異症候群で虫になった息子を始末しろと即座に切り捨てる仕事第一の父親と、虫になっても息子を捨てることができずに泣き濡れる専業主婦の母親、どちらもそうやって生きてきたのならそう反応するだろうと納得感があっていい。

「人間に向いてない」は全体通して「今までこう生きてきたから、異形に対してこう反応するんだな」という納得感に満ちている。

 

 主人公である母・美晴は最後まで息子・優一を見捨てず、自身の過ちを反省し最後まで向き合う。

 母性のなせる業だな、と思うけど、「人間に向いてない」では全ての女性が美晴と同等の母性を持ち合わせているわけではないし、母性があっても不注意だったりちょっとのすれ違いで上手くいかないこともあわせて書いている。

 異形性変異症候群で魚になった息子を、息子だと認識した上でフライパンで焼いて食べた春町さんのエピソードがすごく強烈で忘れられない。

 「息子を愛しているけれど誰にも頼れない状況で魚になった息子と四六時中一緒に家にいること」に耐えられなくなった上の行動と思うと、春町さんを頭のおかしい人と一笑できない。

 美晴が虫になった優一に最後まで寄り添えたのは相当に凄い事だ。もし自分が同じ状況に置かれたら、美晴よりも春町さんのようになる気しかしないから。

 

2.父にとっての因果応報

 「人間に向いてない」はぞわぞわと不快感を煽る異形描写を除けば真っ当な家族小説だと思うけど、父親・勲夫に対する処遇は因果応報だと思ってもホラーだ。

 異形性変異症候群で虫になったオチ自体は因果応報だけれど、美晴と人間に戻った優一の対応がリアルすぎてぞっとする。

勲夫は異形のままだが、美晴には焦りも期待もない。異形の頃の優一への態度と比べれば少々ぞんざいかもしれないが、家族の一員として接している。

(中略)

そんなことより、美晴の目下の課題は『今日の夕飯は何を食べるか』。これに尽きる。

 虫になった優一に無償の愛情を注いだ美晴でも、虫になった夫にまで同様の愛情を注いだりしない。それまでの勲夫の行動を思うと愛想も尽きるだろうと思いながら、大して愛してない配偶者を割り切れてしまう美晴の態度はあまりにもリアルで怖い。

 こういうのを読むと夫婦といえど他人だよね……と痛感する。

 

 読んでいて鴻上尚史さんの「ほがらか人生相談」の話を思い出した。

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 これ本当につらい話なんだけど、職場に将来こうなりそうだなと思い浮かぶ人がちょこちょこいる……。

 

 

 久々の更新ですが短め。面白い作品だったので、次作が楽しみです。