Yの悲喜劇

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腐女子/商業BL/読書/漫画/アニメ

【その他書籍】バッタを倒しにアフリカへ(前野ウルド浩太郎) 長文感想

 あんまり新書は読まないのですが、久々に読んだらすごくよかった。

バッタ被害を食い止めるため、バッタ博士は単身、モーリタニアへと旅立った。それが、修羅への道とも知らずに……。『孤独なバッタが群れるとき』の著者が贈る、カラー写真満載の科学冒険(就職)ノンフィクション!

 このタイトルでこの表紙、さらに著者名。一体どんな内容が……と思って読み始めたら、本当にバッタを倒しにアフリカへ行く本だった。

 蝗害、「地球の歩き方」にすら出てこないモーリタニアライフ、ポスドクの苦悩、フィールドワーク……いろいろなことが詰まっている。読み終わった後文部科学省主催の「子供の読書キャンペーン~きみの一冊をさがそう~」の一冊に選ばれたことを知った。凄い。

 冒頭から終わりに至るまでめちゃめちゃ面白かった。

 恐ろしくテンポがよくユーモアにあふれた文体をはじめ魅力的な要素はいくつもあるけれど、根底を支える著者の人柄が最も魅力的だった。

 

 以下、長文感想です。ネタバレは……あるけどノンフィクションにネタバレっていうのはなんかちょっと違う気がした。

 

 

 

 小説と違って新書・エッセイは物語というフィルターがない分著者の人柄が露骨に表れる。だから著者の人柄がどうにも合わないと楽しめない分野……だと思ってる(あんまり新書・エッセイを読まないので詳しいことが言えない)

 「バッタを倒しにアフリカへ」の著者:前野ウルド浩太郎氏は、私にとってかなり強烈なお人に映った。

 あれは小学校低学年の頃に読んだ、子供向けの科学雑誌の記事だった。外国でバッタが大発生し、それを面白がって見たがる外国人のために「バッタ見学ツアー」が企画された。一団は目的通りにバッタの群れを見学することができたが、その中に巻き込まれてしまう。飛び交うバッタがぶつかってくるだけでは済まさず、緑色の服を着ていた女性は、腹を空かせたバッタにエサの植物と勘違いされ、無残にも服を食べられてしまった。私はバッタの貪欲さに恐怖を覚えるとともに、女性を羨ましく思った。

 

「自分もバッタに食べられたい」

 

 その日以来、緑色の服を着てバッタの群れに飛び込むのが夢となった。

 すごい……、すごいとしか言えない……!

 

 率直言ってエキセントリックな動機だと言いつつ、けれど「バッタを倒しにアフリカへ」を通して読んでいて感じるのは発想の奇抜さよりも、いついかなる時も敬意を忘れない誠実さだ。

 崖っぷちポスドクの身で単身モーリタニアに渡り、初のフィールドワークをする著者は、気候もしきたりもまるで違うモーリタニアの文化を目の当たりにし、日本との違いに戸惑いながらも決してモーリタニアの文化を腐さない。郷に入っては郷に従えの精神を体現して手で食べ、歯磨木を使う。

 異文化に行ったときに「自国の文化を基準に良し悪しを判断しない」のは当たり前だけど大事な事だ。けど大事だとわかっていても実際にできるかは別の話で、モーリタニアという国や他者への敬意を忘れない著者の姿勢がすごくいい。

 英語しか話せない*1ながら著者が研究所の方と仲良くできたのはひとえにこの人柄なんだろうな。

 

 著者の人柄に触れてめちゃめちゃいいなと思ったのは「ウルド」のミドルネームを授かった経緯だ。

 日本から単身やってきた著者を細やかに暖かくフォローし、著者が落ち込んだ時には激励してくれるババ所長の吐露が忘れられない。

ほとんどの研究者はアフリカに来たがらないのにコータローはよく先進国から来たな。毎月たくさんのバッタの論文が発表されてそのリストが送られてくるが、タイトルを見ただけで私はうんざりしてしまう。

(中略)

誰もバッタ問題を解決しようなんて初めから思ってなんかいやしない。現場と実験室との間には大きな溝があり、求められていることと実際にやられていることには大きな食い違いがある。

  モーリタニアがいかに蝗害に苦しめられているか、この一言ですごく伝わる。会社でも現場と本部で意識に差があるのはあるある話だけど、モーリタニアの場合国単位での貧困の一因につながっている。

 このババ所長の吐露に対する著者の言葉が凄くいい。

私も同じ思いを抱いています。

(中略)

誰か一人くらい人生を捧げて本気で研究しなければ、バッタ問題はいつまで経っても解決されないと思います。私はその一人になるつもりです。私はサバクトビバッタに人生を捧げると決めました。私は実験室の研究者たちにリアルを届けたいのです。アフリカを救いたいのです。私がこうしてアフリカに来たのは、極めて自然なことなのです。

  こんなこと言われたらババ所長でなくてもサムライ……!と感動してしまう。

 

 著者のモーリタニアでの研究道は一筋縄ではいかない……どころかあらすじで整理するとむしろ過酷で大変な状況が目立つ。

 ポスドクだからお金がない、お金がないから研究ができない、さらに天候の問題で肝心のバッタが捕まえられない……ないない尽くしの生活で、それでも読んでいると楽しく明るいモーリタニアライフに見えるのは、著者の人柄とモーリタニアの人々の温かさゆえだろうな。

  読んでいて著者やババ所長はじめモーリタニアの方々に対する好感がうなぎ上りだから、最後に著者の研究が認められた時は本当に良かったな……と感動した。いやほんと、めちゃめちゃ良かったですね……。

 

 他にも文章のあらゆるところに仕込まれている小ネタユーモアが面白かったり、帯で全身緑タイツを着ている著者の様子とか、読んでいて全く飽きず面白かった。

 難しそう、ダメな本は駄目そう、といった新書に対する自分のハードルが少し下がって、親しみやすくなった。もっといろいろな本を読んでみたい。

 

 過去の著書。もっと研究寄りの内容なのかな? こちらも読みたい。 

 

*1:モーリタニアは自国語以外だとフランス語使用らしい