【小説】夜よ鼠たちのために(連城三紀彦) 感想&萌えポイント覚書
フーダニットやハウダニットよりもホワイダニットの方が好きな人間にとって御馳走フルコースみたいな短編集でした。
脅迫電話に呼び出された医師とその娘婿が、白衣を着せられ、首に針金を巻きつけられた奇妙な姿で遺体となって発見された。なぜこんな姿で殺されたのか、犯人の目的は一体何なのか…?深い情念と、超絶技巧。意外な真相が胸を打つ、サスペンス・ミステリーの傑作9編を収録。『このミステリーがすごい!2014年版』の「復刊希望!幻の名作ベストテン」にて1位に輝いた、幻の名作がついに復刊!
超絶技巧、という表現がなるほどよく似合う短編集。ミステリの楽しみ方にいわゆる「構図の反転」を重視している人間にぴったりの作品集でした。全編気持ちよく騙される。
基本的に読者-視点人物-真相視点の3点それぞれの認識差からくるトリックもの*1で、そういうやり口だとわかっていても、落とし穴がどこか悟らせない語りが上手すぎて、気づいたら罠にはまっている。悔しいっ……でも気持ちいいっ……!
全編こってりハイレベルだけれど、中でも表題作は凄い。この表題作で使われているギミックをバラせば短編が5つ作れると思う。どれ一つとってもややこしいネタを詰め込んで50P超程度で捌いてまとめている。ひたすら濃厚なのに喉越しはスッキリしてるのが信じられない。
でも個人的に一番ミステリとして好きなのは「二重生活」。構図の反転が好きな人間にとって、たった一言で景色をひっくり返してくれる鮮やかさが凄くいい。
表題作を筆頭に、濃厚なネタを短編として調理していることへの勿体なさはあるけれど、私はミステリに限らず短編集には「短編ならではのスッキリした切れ味」と「長編が書けそうなネタを破裂しない程度に短編に詰め込む贅沢さ」を求めているので、その点ですごく私向きでよかった。
さて、あらすじに「深い情念」とある通り、「夜よ鼠たちに」は全編語り手なり真相側の人間なりが他者にたいしてドロドロと煮詰まった情念を抱えている。その情念が男女間・女女間だけでなく、男男間にもある。素晴らしい。
男男間の情念は嗜好にうるさい腐女子視点では、これが恋愛だったらちょっとどうだろう……と思うものが並んでいる。それが恋愛ではない形で処理されているのでどれもおいしく頂ける。素晴らしい。
以下、ネタバレもりもりで萌えポイントの覚え書きです。ネタバレが嫌な方、また非BL作品に対して男男間の情念に注視した読み方をしていることが許容できない方はブラウザバックをお願いします。
●読者-語り手-真相側視点での認識差から燃え立つ情念
冒頭で触れた通り、「夜よ鼠たちに」は全編通して読者-語り手-真相側の3点の認識・思考のずれからできた落差で読者を騙しにかかる作品集だ。だから真相でそれまで見ていた景色が様変わりするのがとても鮮やかで気持ちいい。
語り手が真相側の人物を信用・あるいは侮っていながら、最終的には真相側視点の人物の手で(語り手と読者が想定していない形で)踊らされている。この最終構図になった時の真相側の人物・語り手の感情を考えるだけですごく萌える。
何より、語り手が知る由もない真相側視点の心情・真相側視点が知りえない語り手の心情を読者=私だけが知っていることにたまらなく興奮する。素晴らしい……。
以下はその視点で読んでとても萌えた作品覚書。
①二つの顔
一発目から強い。短編で登場人物が少ない以上読者視点では最初から弟が怪しく見えるけど、それでも語り手の兄が「自分と違ってしっかりと現実に足を踏まえて生きている」と評した慎重で信用のおける弟が兄を騙していると分かる真相はとてもいい。
兄さんは他人の言葉をなんでも簡単に信じ込んでしまう。外の世界のできごとを、自分が見たままに受け入れてしまう。兄さんは子供と同じだ。素直で、純粋で、なに一つ疑うことを知らないかわりに、世間知らずで、他人が陰で何を考え何をしているかにわずかの気もまわらない愚か者だ。
妻よりも信用している実直な弟が、兄自身よりも兄の事を理解し利用する。純粋さに対して愚かだとは言いつつ嘲りはしない弟の独白は大変良い。
②過去からの声
語り手による、決して真相側の人物=岩さんには話しても理解されないだろう情念が凄くいい。誘拐事件の瞬間に、上司だった岩さんに20年前に自分を誘拐した優しいおじさんの姿を見た。
守ろうとした岩さんにすら理解されなくても、語り手にとっての真実があの日あの場所にあった。こんがらがった個々の想いの末に成立してしまった特殊な共犯関係がいい。
③代役
自分と同じ容姿をした人間と出会う話の中でも特に萌える。
一体誰が代役だったのか、分かった瞬間の語り手の絶望がめちゃくちゃおいしい。
妻や愛人から向けられていた愛情も、スターとしての喝采も、全て自分ではなく自分の代役だったはずの男が得るもので、ただその代役を演じていただけだった。
自分の半生で培われたアイデンティティをまるまる否定されて終わる。傍から見る分には恐ろしく甘美な絶望だと思う。おいしすぎてこれをおかずにご飯がいっぱい食べられる。
④ベイ・シティに死す
893モノである。語り手の893には自分をひたすらに慕ってくれるかわいい弟分がいる。そしてすれ違ってしまう。
正直語り手と弟分よりも愛人だった恭子さんの情念の方が強いけれど、いやほんと、世間一般の常識よりも仁義を重んずる世界だからか、893の兄貴分・弟分の絆って恋愛よりも色濃いよな……。
大変おいしい短編集だったので、さっそく連城三紀彦の短編集をもう一つ手に入れました。「白蘭」目当てです。楽しみ。