Yの悲喜劇

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腐女子/商業BL/読書/漫画/アニメ

【BL漫画】晴れたる青空(深井結己) 長文感想

 商業BLの短編集が少なくなったなあ、と懐古厨じみたことを言ってみる。

晴れたる青空 (バンブー・コミックス 麗人セレクションDX)
 

勉強だけが取り柄の優等生・衣川と札付きの不良の吉見…
普通なら決して交わるはずもないふたりの魂はしかし、あの日、あの消毒薬くさい保健室の一隅でまちがいなくつながっていた……
そう、互いに息づまるような青春の煉獄の中でもがきながら、この世でただひとり、信じるべき相手の存在を身近に感じて―― 。
残酷かつ苛烈なる人生に立ち向かう少年達の戦いと彷徨を鮮烈に描いて至高の名作の呼び声高い表題作をはじめ、心ふるわす感動に満ちた,、在入手困難な幻の傑作選をベスト・セレクト!!
ここでしか読めない描き下ろし珠玉編22Pも必見のファン待望、豪華プレミアム作品集ついに刊行!! 

 初期短編集、ということで90年代後期に描かれた作品がずらり。90年代のBLってどんな感じだったの、と聞かれたらこれを差し出すとなんとなく納得されそうな雰囲気の作品がそろっている……1作除いて。

 表紙のような悲しさをはらみつつも温かい話……を期待すると間違いなく痛い目を見る。それよりも暗いトーンの死にネタ・トンデモオチが勢揃いの劇薬短編集と思って読むと結構面白いと思う。

 

 特に2作、ベクトルが全く違う凄い作品があるので、それについて詳しく語りたい。

 

 以下、長文感想です。ネタバレあり。

 正直ネタバレなしで読んでほしい短編集なので、ネタバレが少しでも嫌な方はぜひ読んでから見てください。……電子書籍化もされてないんですけど……。

 

 

1.作品集全体を通して

①90年代の商業BLは何だったのか

 ちょくちょくTwitterで90年代の商業BL=金持ちスーパー攻め様みたいな風潮が回っているけれど、私はそこまでスーパー攻め様に出会ったことがない。私が読んだ範囲であんまり見ないだけで、きっと小説やカバーしてない漫画だといっぱいスーパー攻め様がいたんだろう。

 自分の商業BL読書全盛期は00年代後半なので90年代は全く被ってないけれど、過去に読んだ90年代BLを振り返ると恋愛が今より暴力・死に直結している。

 恋愛の気持ちの昂ぶり・情緒不安定がバイオレンス展開に直結し、場合によっては死ぬ。脇キャラの死が物語進展の契機になる話が少なくない。今もないわけじゃないけど、死体と血の気は令和の商業BLの方が少ないと思う。

 「晴れたる青空」はそういう意味で、90年代商業BLのスタンダードな作品集だと思う。

②心情>リアリティの短編集

 商業BLでは、物語先行・キャラ先行……という言い方が正しいかわからないけれど、キャラクターの心情に沿った結果リアリティがうっちゃられた作品と、物語としてのリアリティを追求した結果キャラクターの心情が置いてけぼりになる作品がある。

 「晴れたる青空」は1作を除いてキャラクターの心情を優先した結果リアリティをうっちゃっている。

 最たるものは「花葬庭園」だと思うけど、「日溜まりの猫」の唐突に声を失う・受けの行動が猫っぽくなる展開とか、それはカウンセラーに……と現実に立ち返ってはいけない。カップル2人が納得していればそれでいいのだ。

 こちら側の現実感的におかしくても、2人が納得できればそれでいい。リアリティの観点にカップル2人を連れ戻すことはない。

 そういう点でトンデモ短編集だと思うけど、こういうリアリティよりも2人の想いを優先した作りの作品は短編だと2人の心情に納得ができさえすれば細かいことを気にしなくていい分好きだな、と「晴れたる青空」を読んで思う。長編だとこのつくりはちょっと厳しいけど……。*1

 

2.「花葬庭園」の話がしたい

 凄い作品がある。何が凄いかっていうと展開がトンデモ凄い。

夏井は古くからの想い人・雨宮に会いに産業スパイとして研究室に潜り込み、なかば脅す形で雨宮を再び抱く。

夏井は幼馴染でともに青バラを研究していた西野に想いを寄せていたが、西野は夏井の想いを受け止めきれず行方不明になっており――

  あらすじにするとこんな感じ。ここまで書くとなるほど三角関係モノ……と思っていたけど、後半はそんな予想をはるか斜め上に吹っ飛ばす展開になる。

 

 夏井の想いを受け止めきれなかった西野に絶望し、夏井はライバル会社に研究結果を売りに行く。

僕さ……好きな男が出来たんだ…… 取引先の男

もう……体の関係もある… 優しくて…僕のこと一生大切にしてくれるって……

タカちゃんには出来ない芸当だろ?

  この夏井の言葉を受けて、西野は夏井への想いの表現として研究結果=酵素サンプルを一気飲みする。

 薬を飲むのは非常に危険な行為だ。これをもって西野は夏井への愛を表現し、結果植物状態になり青バラの生きた苗床になる。

 西野はほぼ生きてない。けどまだ死んでいない。苗床としてどこにも行けない西野を愛し、夏井は騎乗位でセックスをする。

 そして西野の衰弱を察した夏井は雨宮に全てを話し、研究室ごと火をつけ西野と一緒に心中する――。

 

 ……切ない愛の物語、だと思う。だと思うんだけど身体から植物が生えている人間とセックスしている図が凄すぎる。

 夏井の口から語られる西野の愛は切々としていて、2人がどうしても元気な時に抱き合うことができなかった悲しみが語られる。夏井の告白の切なさと、植物人間とセックスしている図のコントラストが強烈すぎる。

精液抗体が何らかの働きをするんだろうね

体調がよくなるから飲ませてあげると喜ぶんだ……

  というのがセックスしている理由の一つらしい。そ、そうなのか……?

 「晴れたる青空」の第1作がこれだったら目玉が飛び出ていたかもしれないけれど、それまでの話も人を殺してしまったり銃で撃たれて死んでいたりしたので、多少慣れたおかげで目が半分飛び出るくらいで収まった。

 冒頭で夏井を脅して無理やり抱く雨宮が一番ついていけなかったのに、夏井の行動が凄すぎて気づけばドン引きしている雨宮に一番感情移入している。

 最後に火をつけて心中し、天国で2人結ばれるだろうという雨宮視点のモノローグで〆られるのも完璧だと思います。

 

3.「優しい夢はそのままに」の話がしたい

  私の知る限り、商業BL史上トップクラスのどんでん返しだと思う。

高1の聖は義理の兄・夏樹を好きだった。その想いを告げられず荒れた結果補導され、夏樹に迎えに来てもらった時に思わず告白するが、拒絶され、失意のまま家を出る。

12年後、バーテンとして独り立ちした聖が家出以来初めて実家に帰ると、そこには12年前と同じ容姿の夏樹がいて――

 あらすじはこんな感じ。なるほど再会モノなのね……と思った。冒頭を読んだ限りでは。

 

 「優しい夢はそのままに」は終始聖の視点で進む。

 一度も抱いてもらえなくても…弟にしか見えないって言われても……今でも好きだよ……

あなたがきっかけで家を出たけど…… あなたのためだからがんばれたんだと思う――

 聖は相当な一途健気受だ。12年も夏樹を思い続け、報われないとわかっていても夏樹への想いを胸に独りで頑張り、二丁目に自分の店を構えるまでに至る。

  12年前の荒んだ冒頭シーンを踏まえると、今「自分らしく生きてきた」と胸を張って実家に帰ってきた聖は険も取れて素直に良い子だと思う。良い子だから、幸せになってほしいなと思う。

 

 「晴れたる青空」はそれまでの収録作がどれもキャラの心情>リアリティで話が展開されていた。「優しい夢はそのままに」もそういうものだと思ってた。

  今までが少し(?)リアリティを無視した話だったから、夏樹が「事故の後遺症で記憶が途切れている」と言われても、そういうものか、と思う。

 聖の告白を受けて夏樹がいきなり積極的に聖を抱きに来ても、聖はずっと夏樹が好きだったんだもんな……報われてよかったな……と思う。

 だから、出てきている夏樹が実はニセモノでただの空き巣だったとか思いもしなかった。ネタバレ注意と出したけどここだけは本当に衝撃なので伏せた。

 

 「優しい夢はそのままに」の一番恐るべき仕掛けはこの作品が「晴れたる青空」の作品集の一つであることだ。

 私だってにわかとはいえミステリ読み、この「優しい夢はそのままに」が単に雑誌に掲載された1短編だったら途中でオチに感づいたかもしれない(負け惜しみ)

 振り返ると、オチをにおわせる要素はいくつもあった。

 そもそも12年も経ってるのにあの頃とほとんど同じ容姿の時点でおかしい。夏樹の年齢的に青年→壮年くらいの変化だ。普通は変わってしかるべきなのだ。

 けれど、それまでの短編で(893モノとはいえ)唐突に銃で撃たれたり声を失ったり身体から植物が生えた人間とセックスしたりしていたのだ。12年経っても容姿が変わらないことくらい「まあそれくらいあるよね」って思ってしまった。

 更に聖はいい子で、幸せになってほしいと思ってしまった。「晴れたる青空」は今までリアリティよりもキャラの心情を優先していたから、聖も今まで通り幸せになるだろうと思っていた。

 

 「優しい夢はそのままに」は唯一、キャラの心情よりもリアリティを優先しているから、落差が激しすぎてオチで突き落とされてしまった。

 これ1作単体だったらそこまで騙されなかったのに……悔しい……でもこの騙される快感、たまらない……。

 

 

 1作単体だとまだ普通(?)程度だけれど、作品集としてまとまっていることで破壊力がマシマシの短編集。電子書籍化しないかなあ……。

*1:しかし深井結己の長編は気にならない程度にリアリティの観点に立って進むので、使い分けの上手い作家さんなのかもしれない