Yの悲喜劇

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【BL漫画】ヴァイオリニスト(水城せとな) 長文感想

 久々に読み返したら、当時と全然違う感想を抱いた。

円慈と極は音大生。高校生の頃から秘かに付き合っていたが、社交的な極に比べて地味な円慈は常に彼の言いなりだった。そんな危ういバランスを抱えた彼らの前に、天才ヴァイオリニストの桐原が現れて―――。 

 この作品が初連載らしい。絵柄がだいぶ違う。

 初読時の感想を引っ張り出したら円慈と極の関係に注視していてそれ以外をあんまり見ていなかった。

 恋愛漫画としてよりも才能至上主義の話として読んだ方がよくわかりやすい話だった。再読して強く感じた。

 

 以下、初読時と再読時と比較しつつの感想です。ネタバレありまくります。

 

 

1.初読/再読時の感想を比較して

①初読時の感想(筒状書き)

 読書メーターに残ってたのを引っ張りだすと大体こんな感じ。

  • 歪んではいたけど幸せだったカップルが、2人の抱える真実によって破局する話。
  • 円慈を支配したかったけど才能の差に潰された極と、極が持たない輝かしい才能を極をつなぎとめる邪魔物くらいにしか思ってない2人の関係性がいい
  • 桐原が何を考えてるのかよくわからない

 再読してからこの感想を振り返ると、円慈と極の関係性に注目しすぎててびっくりするほど全体が追えてない……。

 

②今回再読して

  今更理解したけれど、「ヴァイオリニスト」は100%才能主義の世界だ。ヴァイオリンの才能がなければ弱く、才能さえあれば誰よりも強い。そして才能があるものはそれに応えなければならない。

 円慈は「檻から出たくなかった子」だと思う。極との関係は従属だと思うけど従属でよかったし、才能の翼を持ったから解き放たれざるを得なかった。

 円慈にとって才能は望まない翼だったけど、桐原にとって才能は自分を閉じ込める檻だ。才能の虜だから円慈を見出さずにはいられなかったし、自分より才能のある円慈にズタボロにされながら離れられなかったんだろうな。

 そう、初読時の私はこの物語が才能至上主義であることが全く読めてなかったんだ……才能の話であることが分からないと、極-円慈はまだしも桐原-円慈のことは全くわからんよな……。

 

 最終的に円慈は極と別れて桐原とドイツに渡る。そしてなんだかんだ円慈と桐原がくっつく。

3年前  ドイツへ来る時

俺があんたのことカケラほども愛してないって あんたは言ったけど

そんなことない 愛してるよ カケラくらいはさ

  初読時はドイツに渡ってからの円慈の言動がさっぱりわからなかったけど、「比類なき才能を持った者」であることを踏まえると、単にカースト最上位の人としての振る舞いなんだな。

 円慈は「才能など持ちたくなかった」(=極とずっと一緒にいたかった)から、才能に選ばれてしまった以上心の大半は失った。けど桐原のことは「才能を与えてくれた人」程度には情があるから上の言葉で桐原を受け入れた。

 初読時になんで私はこれが分からなかったんだろうな……。

 

③「ヴァイオリニスト」の一番面白い点

 初読時は極と円慈が壊れていく様子が面白いなと思ったけど、再読したらそもそもこの物語世界が「ヴァイオリンの才能」に縛られているのが一番面白かった。

 極と円慈がどれだけ互いに一緒にいたいと思っても、才能のない者(=極)は才能のある者(=円慈・桐原)の世界からは弾かれる仕組みになっている。

 才能のある者は才能のないふりをして生きていくことはできないのだ。この世界で生きていくためには、自分の才能をあるべきところで生かさなければならない。

 「ヴァイオリニスト」は一貫して才能のパワーゲームに忠実で、バグが一切ない(というかむしろ極>円慈の関係が一番バグだったので、それを対処した話だと思う)

 私は水城せとなの、自身で構築したルールに徹頭徹尾誠実なところが好きなので、この透徹した世界の仕組みの中で話を作り上げているのが一番面白かった。

 

2.「ヴァイオリニスト」の不明点/不満点

①るりについて

 「ヴァイオリニスト」の一番の不満点はるりだ。

 るりは才能のない「平凡な女」で、物語の役目は極の心情翻訳係だ。あるいは「ヴァイオリニスト」の物語世界の外側にいる人物といってもいい。

 舞台装置ではあるけれど、才能の世界である「ヴァイオリニスト」において、全く才能と関係のない人物は読者の私からすると一番視点を借りやすい存在なので、極と円慈の心情を理解しやすいという点でありがたかった。

 

 結末以外のるりは普通にわかりやすい……だけに、結末のるりが全く分からない。

…私ね 自分はあの人の身代わりだと思う

(中略)

…だからこの子供はね あなたとあの人の子供だと思うの

(中略)

あなたたちは片想いなんかじゃないんだよ!

あたしがつなぐから 2人のことちゃんとつないでいるから

 確かに円慈はるりを指して「平凡な女にでも生まれたかった」と言った。極と一緒にいるなら平凡な人間でいなければいけなかったから。

 けれど、別にるりが円慈の代わりになる必要はなくないか……? るりは終始極に寄り添っていたけれど、円慈に寄り添ったシーンはほとんどない。

 るりが自身を円慈の身代わりだと考えるほど円慈に思い入れがあったようには全く見えないので、この言葉がぶっ飛びすぎててついていけない。「平凡な女」の発想なのかこれ……?

 これがるり単体の結末ならまあ別にいいんだけど、この言葉が極-円慈の関係の結末につながっているので、るりが信用できないと結末自体に納得ができなくなる。 

 

②極について

 初読時は極も極なりに円慈を愛してたんだな……と思ったけど、再読したらむしろ円慈のどこを愛していたのかよくわからなかった。

彼の足元にうずくまる影 僕ならそれになれる

(中略)

…自分にしか興味ないくせに…… 僕を好きなフリなんかするな……! 

 円慈のモノローグ&台詞が一番的を射ている。極は「自分のものである円慈」が欲しかったわけで、「円慈自身」のことはあんまりよく見ていない。

 円慈は「拘束される悦びを手放したくない」と思っていたから一貫しているけれど、極は円慈という人そのものに惹かれている描写がない。

 

 ただ、極が円慈を失いたくなかったのはよくわかる。

 極は円慈に対して「あいつの才能をわかってやれるのは俺だけ」として優位に立っていた。終始円慈を所有するモノとして優越感に浸っていたから、自分以外の手で才能の翼を広げたことが許せなかった。

 自分より下に見ていた相手が、自分よりはるかに格上だったことを知らされたら、素直に下の立場に降りることができるか? プライドが高い極には無理だった。

 

 と、書いていて気が付いた。

 極が真に絶望したのは自分の影である円慈を失ったことではなく、自分の才能がなかったばかりに「ヴァイオリニスト」の物語世界から弾かれたことだったのではないか。

…俺は大切な物を失くしたまま生きてる

あれより大切な物なんて もう二度とないと思う

 この言葉の「大切な物」とは何か。円慈そのものじゃないと思う。なぜなら極は円慈の人格そのものは見ていないから。

 大切な物とは「ヴァイオリニスト」の物語世界の安住権ではないか。

 るりの発言では「大切な物=円慈」と読めるけど、るりの発言はるり視点の物言いなので、るりを信用できなかった以上私はこう読むしかない。

 大切な物=「ヴァイオリニスト」の物語世界から弾かれたので、物語世界の外側の住人であるるりと一緒になった。るりと極のラストシーンは外側で生きていくことを誓い合う話、と見ると納得がいく。

 というか、こう読まないと極の結末に納得できないので……。

 

 

 再読すると初読時には全く見えてなかったものが見えてくるので、時を置いて再読するのは大事だなと今回よくわかりました。

 でも正直一番びっくりしたのは物語の内容そのものではなく、幕間の作者コメント。

アト味悪いマンガで毎度皆様にイヤな思いさせてるミズシロですが(笑)、『同棲愛』はシヤワセマンガです。

 う、うん……そう、ですね……?

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